「ノーベル委員長がボブ・ディランを批判」という誤報

ノーベル委員長ペール・ベストベリィ(Per Wästberg)氏が、ボブ・ディラン氏について「無礼で傲慢だ」と批判した・・・と報じられた。
ノーベル文学賞に選ばれたボブ・ディラン氏が沈黙を続けている(2016,10,23現在)ことについて、スウェーデン公共放送STVのインタビューに答えたものだ。

これがどうも誤報らしい。
しかも2段階の誤りらしい。

 

日経新聞は一番「深い」誤報である。
ディラン氏は「無礼で傲慢」 ノーベル賞選考関係者 :日本経済新聞

> スウェーデン公共放送SVTのインタビューで「無礼かつ傲慢だ」と強く批判した


朝日新聞ではこう変わる。
「ボブ・ディラン氏は無礼で傲慢」ノーベル委員長が苦言:朝日新聞デジタル

> 「無礼で傲慢(ごうまん)だ。でもそれが彼ってものだ」と苦言を呈した。
「でもそれが彼ってものだ」と庇ってるので、批判のトーンはぐっと下がる。

原文はどうか?
英語メディアに当たってみよう。

GUARDIAN:
Bob Dylan criticised as 'impolite and arrogant' by Nobel academy member | Music | The Guardian

> “It’s impolite and arrogant,” said the academy member, (略)
日経と大差なく「無礼で傲慢だ」しか書いてない。
(二重引用符内の末尾が「,」で終わってるが続きはない)

NEW YORK POST:

> “One can say that it is impolite and arrogant. He is who he is.”
「無礼で傲慢だと言われるかもしれない。彼は彼である。」
まるで意味が変わってくる。
人々が批判することを牽制しているニュアンスである。

もちろん、「第三者の意見の形を借りた自分の意見だ」と深読みすることも可能だが、それは憶測にすぎず、文意ではない。
「彼は彼」の部分もニュアンスが掴みづらく、朝日新聞のように「でもそれが彼ってものだ」と訳すと庇ってる印象が強くなるが、「しょせんそういう奴さ」と突き放した訳も可能だ。

ところで原文は英語ではない。
スウェーデン公共放送STVのインタビューということは、原文はスウェーデン語であろう。

そのSTVのサイトがあった。

Dylan-raderade Nobelinfo: Oartigt och arrogant | SVT Nyheter

> Vad tänker du om att han inte säger något?
> – Nä, vad ska man tänka? Man kan ju säga att det är oartigt och arrogant. Han är den han är.

ふんふん、なるほど。さっぱり分からない。
しかし
"Man kan ju säga att det är oartigt och arrogant. Han är den han är." が
"One can say that it is impolite and arrogant. He is who he is." と同じであることは何となく分かる。
NEW YORK POSTの記事は信頼してよさそうだ。

まとめると、
第一段階の誤り:第三者の意見の推測として述べた「無礼で傲慢」が、本人の意見にすり替えられた。
第二段階の誤り:「彼は彼」の部分が削除されて、庇ってるニュアンスがなくなった。

ちなみに、
「誤訳だ!」
「これだから日本のマスゴミは!」
と反応してる人もいるようだが、誤報してるのは日本のメディアだけではないことは、上記GUARDIANの記事を見れば分かる。